• Keita Kato

横浜の英語教室【レッスン101】:次はドイツへ 英語を始めたきっかけ#.15

最終更新: 2018年6月11日

カナダから帰国後は老人ホームで調理の仕事をしながら、塾で講師の仕事をし始めました。調理は調理師免許を日本でもカナダでも持っているので、得意です。特に私の作るデザートは好評でケーキ、まんじゅう、プリンやムースまで何でも作っていました。塾では高校の数学、国語以外は教えていました。そんな中、また海外に出たくなり、次は未踏の地であり長年行きたかったドイツに仕事をしに行きました。本当はオーストラリアのほうが暖かいのでそっちのほうが良かったのですが、先にドイツの仕事が決まってしまたので、ドイツの東部へ向かいました。まずは飛行機でドイツのミュンヘンへ行き、そこから乗り換えました。ドイツに着くと、2月だったため、すごく寒かったです。-20度くらいだったと思います。あらかじめグーグルマップで下調べしておいたのですが、全然わからなくなり、きょろきょろしていると、美しい女性がどうしたのと尋ねてきて、バスの乗り方を教えてくれました。しかし、またわからなくなり、歩いて重いスーツケースをゴロゴロ音を立てて30分くらい彷徨いました。住所の近くまで来ると、アパートの一室を貸してくれた男性とコンタクトを取り、迎えに来てもらいました。家の中はセントラルヒーティングでとても暖かかったです。そこには私も含め5人住んでいました。車で買い物に連れて行ってくれたりいい人たちでした。数日後にいざヒルトンホテルにある日本料理屋で働くことになったのですが、料理長は世界中の大使館で料理をしていたと自慢し、焼き鳥をフライパンで焼いたり、しょっぱいラーメンを出したり、あまりおいしくない寿司を作る人でした。私が代わりに働く人はまだいたのですが、ものすごく料理長にけなされたり、セクハラまがいな発言が多く、アルバイトできていた日本人の学生にも下に見られるような従業員でした。私はすぐにこんなところでは1カ月も耐えられないと思い、気圧の変化でいたくなった耳の痛みを理由に辞めるとメールで伝えました。ドイツに住むつもりで行ったのになんて忍耐力がないんだと自分でつくづく思いました。そのため、南にあるスイスの国境でまだ日本レストランがあったので電車で12時間かけていきました。するとオーナーはいつ顔を出すかわからないと言われとりあえず2日待ちました。ですが連絡がないため、東部へ帰ると、メールがありオーナーが来るので来られるかという内容でした。私はあと数時間いればとひどく後悔しました。私はドイツは自分には合わないと思い、オーストラリアに行くため、就職の条件である、IELTSというテストを6時間ほどかけて電車でベルリンに向かいました。テストは見事に目標点を達し、とてもうれしかったです。それからこのまま日本に帰るのもつまらないと思い、1カ月ほどドイツにいたのち、友達のいるトルコへ向かいました。そこではあるトルコ人たちにカーペットを買わされそうになりました。その話はまた次回!!


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